競馬論③

“たられば”
競馬で厳禁とされているこの言葉
騎手が最も言ってはいけない言葉の一つ
自分の腕が未熟であったとしても言い訳してはならない
彼らはプロで、そしてその腕に金を払っている人間がいるのだから


“たられば”
競馬で厳禁とされているこの言葉
馬券を買った人間が言えばただの負け惜しみにしかならない言葉
騎手のせいにして自分の失敗に対する言い訳にしてはならない
決めて、そして金を払ったのは自分自身なのだから


“たられば”
競馬で厳禁とされているこの言葉
ただ一部の人間だけは使うことを許されると思う
故障など悲劇が起きたときのみ許される


馬は生き物だ
機械のようにマニュアルどおり扱っていれば故障しないなんてコトはない
4、500kgにもなる体を細い四肢で支え、50kgもの人を背に乗せ人間の倍近いスピードで疾走する
レースだけでなく調教にさえ常に故障の危険が付きまとう


数多の名馬が故障によってその命を失った
無敗で皐月賞、ダービーを制し3冠確実と言われながら
この世を去ったトキノミノル。彼の名は共同通信杯3歳Sにも残っている
生きてい“たら”シンザンを越える、シンボリルドルフを越える名馬になっていたとの声は高い
オールドファンで悲運の名馬、といえばこの馬だという人は多いだろう


ホクトベガ砂の女王とも呼ばれた
同世代に牝馬クラシック2冠を制したベガという名牝がいたことから
牝馬クラシック最後のエリザベス女王杯
「ベガはベガでもホクトベガ!」という実況を生んだことでも有名
他にも札幌記念を勝つなど強い馬だったがダートに転向、圧倒的な強さを誇る
交流レース10戦10勝で圧勝した後、引退レースにドバイワールドカップを選択
世界最高賞金を誇ることでも有名なドバイワールドカップで転倒し骨折、死亡した


近年ではサイレンススズカなどがいる
快速馬でありながら気性難が災いし、成績が安定しなかった
が、鞍上に武豊を迎えてからは快速逃亡馬として才能を開花させる
GⅠ初制覇となる宝塚記念ではメジロブライトシルクジャスティスなど同世代のGⅠ馬を一蹴
天皇賞・秋へのステップレースである毎日王冠
ここで後に凱旋門賞2着のエルコンドルパサー、グランプリ3連覇のグラスワンダーを寄せ付けず完勝する
この2頭を破った事がある馬は後にも先にもサイレンススズカだけ
そして天皇賞・秋での競争中止予後不良・・・
本格化してからの成績が圧倒的だっただけに悔やまれた死だった


シンザンの最高傑作はミホシンザンシンボリルドルフの最高傑作はトウカイテイオー
この2頭とも歴史に残る名馬である事は間違いない
共にクラシック2冠を制し、2頭とも故障によって3冠を逃している
故障していなけ“れば”3冠を制していただろうと言われている
潜在能力の高さは復帰後のレースで証明済みだ
ミホシンザン天皇賞を、トウカイテイオージャパンカップ有馬記念を制している
成長が早く、現役が短い事から故障は確実に能力を落とすといわれているサラブレッド
競馬ファンからすると故障せずに走った姿を見てみたかった


似たような成績のフジキセキアグネスタキオンがいる
フジキセキサンデーサイレンスの初年度産駒、4戦4勝
弥生賞を制した時のレースっぷりは圧巻だった
直線で2の脚をここまでハッキリ使って余裕を見せ付けられたのには衝撃を受けた
そしてクラシック大本命、3冠確実とまで言われたが屈腱炎のため引退した
アグネスタキオンもサンデー産駒で全兄アグネスフライトは前年のダービー馬だ
4戦4勝、皐月賞を制しその勝ちっぷりから3冠候補筆頭といわれた
しかし故障を発生し引退、種牡馬生活に入ることとなった
名前がタキオン=光を越える速度を持つ素粒子の名称というのもまた象徴的だった
しかしこの2頭は悲劇まではいかない。血を残すことが出来るのだから


サラブレッドには“血の繁栄”がある
牡馬は種牡馬として、牝馬繁殖牝馬として現役後の生活がある
だからこそ悲劇には“たられば”が付いて回る。もし生きて仔を残してい“れば”・・・
牡馬ならば年間100頭以上もの種付けを行う馬もいる
牝馬では「名牝系」と呼ばれるように名牝からは名馬が生まれやすい
それだけに名馬の死は多くのファンに惜しまれる


血を残すことが出来れば夢をつなぐことが出来る
そして仔の走りを見てファンはまた“たられば”を使う
「こいつの父が、母が故障していなかっ“たら”・・・」


血の繋がりがあるからこその楽しみ方もある
兄弟が、姉妹が走りファンは“たられば”を使う
「あいつが生きてい“れば”・・・」


兄弟が、姉妹が仔を残しファンは“たられば”を使う
「あいつが仔を作ってい“たら”・・・」
「もし、あいつの仔がい“れば”・・・」


“たられば”には夢がある


今秋鷹41が注目する馬にディープインパクトという馬がいる
デビューから圧倒的な力を見せ付けて連勝中だ
前述したように快速馬であればあるほど屈腱炎の危険が付きまとう


無事是名馬、という言葉がある。走ってこそ名馬。生きてこそ名馬


“幻”の名馬。そこには悲劇がある。でも、そこには夢もある




オマケ
故障以外にだって悲劇はある
今でも日本競馬史上最強と名を上げる人もいるマルゼンスキー
当時の日本は持ち込み馬*1がクラシック*2に出られなかった
中野渡清一騎手が言った言葉は今も語り継がれる「賞金はいらない、大外枠でいいからダービーに出させてくれ」だ
馬主はマルゼンスキーこそ最強、との証明をしたかったのだろう
当時1年上の世代には競馬史に語り継がれる3強・TTG*3がいた
しかしその対決は実現することなく、快速馬の宿命屈腱炎で引退してしまった

ちなみに余談だがマルゼンスキーの馬主・橋本善吉の娘は橋本聖子である


そして秋鷹41が好きな馬ベスト3に入るオグリキャップ
この場合はクラシック登録をされておらず、挑戦すら出来ないという悲劇があった
それが後の大成功、大人気に繋がったのでまぁ、悲劇ではないかな


ジャパンカップの映像見ながら、オグリがダービー出て“たら”なぁ・・・
なんて考えながら、夢を見る

*1:海外で種付けされ、日本で生まれた馬の事。1971〜83年は海外生産馬と同じ扱いだった

*2:皐月賞東京優駿=ダービー・菊花賞

*3:トウショウボーイテンポイントグリーングラス